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東京高等裁判所 昭和37年(う)409号 判決

被告人 曾木精一

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

原審の未決勾留日数中九〇日を右本刑に算入する。

原審及び当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

論旨第一点について

所論は原判決は本件公訴事実中昭和三六年一〇月一六日付起訴状記載の公訴事実第一の(一)昭和三四年一〇月一三日Aに対する、(二)昭和三五年二月一日Bに対する、(六)昭和三六年一月二三日Dに対する各強制猥褻未遂の所為については、いずれも被害者が犯人を知つた日から六月を経過した後に至つてはじめてその告訴がなされており、刑事訴訟法第二三五条第一項本文に違反する無効のもので、他に適法な告訴がないから、右に対する公訴提起の手続はいずれもその規定に反し無効であるとし、同法第三三八条によりいずれもその公訴を棄却しているが、右は被害者が犯人を知つた日時の認定を誤つたかあるいは同法第二三五条第一項の解釈適用を誤つたことにより不法に公訴を棄却したもので破棄さるべきであるというにある。

よつて審案するに、原判決がこの三件の事実につき、右のような理由により公訴を棄却していることはその判文上明らかであるところ、被害者らが犯人を知つた日から各六月を経過した後に告訴したと認定した理由は明示されていないが、記録によればAは昭和三六年九月三日調布警察署長に、Bは同年八月一九日同署司法警察員に、Dは同月二二日同署長にそれぞれ告訴しており、犯行以後告訴の日まで犯人の認識に関する何らの資料もないことからみれば、原判決は被害者らは各犯行の際に犯人を知つたと認定し、前記告訴はいずれも犯人を知つた日から六月以上を経過したものと判断したと解する外はない。

ところで刑事訴訟法第二三五条第一項にいうところの犯人を知つたとは、犯人が誰であるかを知るをいゝ、犯人の住所氏名などの詳細を知る必要はないが、少くとも犯人を他の者と区別して特定し得る程度に認識することを要するのである。もとより親告罪の告訴は犯罪事実を申告して犯人の処罰を求める意思表示であり、犯人を指定することを要しないとはいえ、犯人が何人であるかということは、被害者が告訴をするかどうかを決めるについて重要な意味をもち、犯人との関係その他諸般の事情を考慮したうえで決定されるのであるから、そのような考慮をなし得る程度に犯人を認識したときはじめて「犯人を知つた」といえると解すべきことは所論のとおりである。

そこで右見解のもとに各被害者の犯人を知つた日時について検討する。

一、まずAに対する事実についてみると、同人は司法警察員に対する昭和三六年九月三日付供述調書において、「私は昭和三四年一〇月一二、三日頃の午後八時二〇分頃つゝじヶ丘駅に下車し、暗い道を一人で自宅に向つて歩いていたところ、後から男の靴音がしたので気になり歩度を早めるとその足音も早くなつたので不安になり、二、三歩駈け出したが犯人は突然無言で私の左の方から左肩を両手でつかんで何かしようとした。私はびつくりしてキヤーツと叫んで逃げ出そうとしたところ、石塊につまずいて俯向けに倒れたが、犯人も道路脇に倒れたので近くの農家に逃げこもうとして五、六米戻つて本田さんの家の入口まで無我夢中でかけ出していつた、すると犯人は無言で追つ駈けて来て私が左腕にかけていたシヨルダーバツクを横手の方から無理矢理奪つてもと来た方へ駈足で逃げていつた。犯人の人相は年齢三〇才位、五尺四寸位、髪長く丸顔、上着なしで白いワイシヤツに色の判らぬズボンを着け、靴をはいていた。犯人の顔をみたのは街灯から二、三メートル離れたところであつたから、一瞬であるが大体の人相服装は判つた。只今見せてもらつた曽木精一は顔形などからしてよく似ている。」旨供述している。これによればAは夜道で背後から被告人に襲われたのであり、その氏名、住所、職業の詳細はもとよりどこの誰らしいという大体の見当もつかず、唯前記の驚愕、恐怖の念に満された慌しい動作の間に街灯の光のもとで犯人の人相着衣を一瞥したに止まり、しかもその点さえも被告人は当時三八才であり、被告人の司法警察員に対する昭和三六年九月四日付供述調書によればその際は背広上下を着用していたとのことであるから、実際とはかなり相違していたのである。それゆえこの場合には被害者は犯行当時犯人を他の者と区別して特定し得る程の認識を有しておらず、警察で逮捕中の被告人を見せられ、顔形などからして犯人に似ていると認め、かつ被告人の供述と相い俟つて犯人が被告人であることを特定し得た際、はじめて犯人を知つたと解するのが相当と思われる。

されば、Aが右犯人を知つた日になした前記告訴が適法有効であることはいうまでもない。

二、つぎにBの場合を考察するに、その司法警察員に対する昭和三六年八月一九日付告訴調書によれば、「私は昭和三五年二月一日午後八時三〇分風呂屋へゆく途中つゝじヶ丘駅の方から全然見知らぬ年齢三七、八才位か四二、三才位、丈五尺五、六寸位、体格はがつちりした面長の様な角張つた様な色白の顔で、髪をオールバツクにした、うす鼡色のレインコートに靴をはいた一見勤め人風の男が歩いて来た。その男は通りすがりすぐ東側の小路に入つたと思つたらすぐ戻つて追いかけて前に立ち塞がり、両手でいきなり抱きつきキスをしようとした。私は夢中で助けてくれと大声で叫び、相手からはなれようともがきながらひつかくなどして抵抗したところ、男はこの馬鹿野郎と大声を出すが早いか右の平手で二三回顔を殴つたのであまりの恐ろしさに夢中になつてキヤーツと声を出すと近所の人が二、三人出て来てくれたので犯人は逃げてしまつた。警察の人も来てくれていろいろ調べてくれたが当時犯人は捕まらなかつた。その時の犯人というのを只今見せてもらつたが、その男に間違いない。」旨述べており、人相、服装などについてかなり詳しく見ているのである。しかしながら他方同女の司法警察員に対する昭和三六年一〇月二八日付供述調書によれば、同女は昭和三四年一一月一七日午後九時三〇分頃現場のすぐ近くで同じ人相の男に襲われ、翌日出勤の途中その男によく似た人に会つたのでよく顔を確かめ、後で近所の人に訊ねたところ、それは近所に住んでいる曽木精一という四〇才位になる男で、妻と離婚し子供が一人いると聞かされ、警察から巡査が来てそのことを聞かれ調べも受けたが、家庭の事情を気の毒に思い告訴しなかつた事実があり、被告人がこの犯行をしたかどうかは別として、同女は本件犯行前に既に被告人を知つていたことは明らかであるのに、犯行の際は犯人が見知らぬ男として認識されている以上、当時における認識が不確実なもので、犯人を他人から区別して特定し得る程度に達していなかつたというべきである。それゆえ同女は前記告訴調書作成の直前被告人を見てはじめてその犯人であることを知つたのであり、その告訴が有効であることは明白である。

三、さらにDの場合においては、その司法警察員に対する昭和三六年八月二二日付供述調書によれば、同女は事件当夜午後九時一五分頃つゝじヶ丘駅から家に向う途中急ぎ足で来た男に追いつかれ、追い越すものと思つて道を譲つた際に、後から右手で左手首をつかまれて道端の垣根におしつけられたうえ、暗いところにゆこうといつて約二〇メートル位先の街灯のところまでつれてゆかれ、さらに暗がりに引つ張り込もうとするので、それを避けようとして七、八分争ううちに人の足音がしたので相手が手を放した隙に逃れることができた事実が認められ、その人相、服装については街灯のあたりでみると年齢三二、三才位身長一メートル六五センチ位面長、色白、髪は七三、左頬に小豆大のホクロがあり、茶色様のオーバーを着て黒色様の短靴をはき、体格のガツチリした一見サラリーマン風で全然見たことのない人であつた旨述べ、その折被告人を見せられて人相、体格、ホクロなどからみて犯人に相違ないといつているのである。されば同女は被告人の人相につきやゝ詳しく特徴をとらえているとはいゝながら、前同様夜中突然襲われ、犯人とはこれまで面識もなかつたので、結局何処の誰とも判らぬまゝ逸し去つてしまいその人相、服装について右の程度の認識を得たに止まるのであるから、これまた被告人を犯人と特定できる程度に認識していたということはできず、昭和三六年八月二二日に警察で取調を受けて被告人を見せられた際、はじめて本件犯行の犯人であることを知つたとみるのが相当である。

したがつてDが同日付でした前記告訴もまた適法有効のものであるといわざるを得ないのである。

以上のとおり本件において、A、B、Dが前記公訴事実についてした告訴は、いずれも同女らが犯人を知つた日から六月を経過しない間になされたもので、適法有効なものであるから、原判決がこれを目して刑事訴訟法第二三五条第一項本文に違反する無効のものであるとし、右三名に対する強制猥褻未遂の公訴事実につき公訴棄却の言渡をしたのは、犯人を知つた日時の認定を誤つたかあるいは右条項の解釈適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

よつてその他の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項に則り原判決を破棄し、なお同法第四〇〇条但書により当裁判所は自らつぎのとおり裁判する。

(罪となるべき事実)

被告人は外出先からの帰途、その下車駅である調布市内京王帝都電鉄つゝじヶ丘駅から自宅に至る間の夜道で、通行中の女性に対し強いて接吻その他の猥褻行為をしようと企て、

第一、昭和三四年一〇月一三日午後八時三五分頃同市入間町八〇七番地先路上で、A(当時二八年)に対しやにわに後から肩のあたりを押え、抱き締めるなどの暴行を加え、接吻する等猥褻行為をしようとしたが、同女に騒がれ逮捕されるのをおそれて逃走したためその目的を遂げなかつたが、その際同女所有の現金五〇〇円ほか万年筆等雑品数点在中のハンドバツグ一個(時価合計五、二〇〇円位)を窃取し、

第二、昭和三五年二月一日午後八時三〇分頃同町二七五番地先路上で、B(旧姓C当時二三年)に対し、やにわにその前に立ち塞がり、体を抱き締め、平手で頬を殴打したり等の暴行を加え、接吻する等猥褻行為をしようとしたが同女に抵抗されたため、その目的を遂げず、

第三、同年七月一〇日頃の午前〇時五分頃、同町二七五番地先路上で、Eの背後から抱きしめて、強いてその首辺りに接吻したうえ、傍らの垣根に押しつけ左手で首を押え右手でスカートを捲り上げ、下ばきを引き下げて性器に手を触れる等の猥褻行為をなし、

第四、同年八月三〇日午後一〇時四五分頃、同町二七八番地先路上で、F(当時二二年)の側面からやにわに片手をその首に廻わし、他方の手でその身体を抱きしめ、接吻しようとして反抗する同女と揉み合い、これがため同女が転倒するや、その股間に手を差し入れ性器に触れようとしたが、同女が大声を発して抵抗したため、同女に対し全治約一週間を要する腕部擦過傷及び右肘関節部打撲創の各傷害を負わせただけでその目的を遂げずにその場から逃走したが、その際同女の腕からその所有にかゝるセイコーパーブル五型腕時計一個(時価五、〇〇〇円相当)を窃取し、

第五、昭和三六年一月二三日午後九時三〇分頃、同町八〇一番地先路上で、D(当時二六年)に対し、その左手首をつかみ抱きつく等の暴行を加え、接吻する等猥褻行為をしようとしたが、同女に逃走されたためその目的を遂げず、

第六、同年五月二五日午前〇時頃、同町八〇一番地先路上で、G(当時二六年)につき纒い「握手しましよう」等と話しかけ、逃れようとする同女の背後から抱きついて接吻を迫り、拒絶されるやスカートを破く旨申し向ける等の暴行脅迫を加えて接吻しようとしたが、同女が大声を発して救いを求める等反抗したためその目的を遂げず、

第七、同年八月一三日午後一一時一〇分頃、同町二七三番地先路上で、H(当時二二年)の背後からやにわに抱きつき「騒ぐと殺すぞ」と申し向け、反抗する同女と揉み合い、これがため同女が転倒するや、左手で胸を押え、股間に手を差し入れ、下ばきを引き裂く等の暴行脅迫を加えて性器に手を触れようとしたが、同女の叫び声を聞いて他人が近付いたためその目的を遂げなかつた、

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為中、判示第一及び第四の窃盗の点は各刑法第二三五条に、第三の点は同法第一七六条前段に、第四の強制猥褻致傷の点は同法第一八一条に、第一の強制猥褻未遂並びに第二、第五ないし第七の点は各同法第一七六条前段第一七九条に該当するところ、強制猥褻致傷罪については所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条に則り、最も重い強制猥褻致傷の罪の刑につき同法第一四条の制限に従つて法定の加重をし、なお情状に憫諒すべきものがあるので、同法第六七条、第六六条、第六八条第三号により減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法第二一条により原審の未決勾留日数中九〇日を右本刑に算入し、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用し、原審及び当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 小林健治 松本勝夫 太田夏生)

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